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がっちゃん放言記
2022年9月30日
日本が高度成長を続け、虚心に働きジャパン・イズ・ナンバーワンと言われていた時代は1ドル200円台という今より円安の時代でした。
円安を考えるために円高の時代はどうだったのかということを考えてみましょう。
日本が円高になったのは1985年9月22日、先進5カ国による「プラザ合意」からです。
米国はベトナム戦争で敗け、国力が衰退し、 貿易収支も赤字になり、ドルの基軸通貨の地位を守る必要がありました。
そのために日本の貿易収支の黒字を減らすように日本へ円高を要請したものです。
プラザ合意以降日本は急激な円高に見舞われ、冷戦終結や中国経済の台頭の動きと相まって、 多くの製造業は利益を確保するために生産拠点を海外に移転する決断をしました。
グローバル化という悪魔の言葉により、お人好しの日本人は蓄積したものづくりの技術を海外に取られてしまいました。
このグローバル化は日本国内の産業構造の変化をもたらしました。
製造業に代わって成長したのは第三次産業で、製造業のように広大な敷地が必要でないため、地方は必要でなく、人口の多い都市、 特に東京の一極集中が進みました。
雇用面においても製造業から非製造業への受け皿が急速に進みました。
GDP に占める製造業の比率もプラザ合意時点の29%から今では20%を切る水準になりました。
企業が海外進出するのを見て、国は税収を確保する必要から消費税を導入しました。
これがその後の日本経済の停滞の要因となりました。
企業と労働力は地方を捨て、地方圏の産業は空洞化が進み、高齢化も進み、地方都市の中心部はシャッター街となり、日本の国力は衰退し、ものづくりの日本も崩壊したのです。
その結果、日本の実質経済成長率は先進国中最低レベルになりました。
一方で日本人の心は慢心でハングリー精神も失いました。
これすべて円高の時代です。
円安は、日本の企業が円高時代を反省して、行動を変えるきっかけになります。
製造業は国内回帰すべきです。
ものづくりの日本を復活しないといけません。
そうすれば地方を再び復活することができます。そして大切なことは、食糧確保の観点から農業を復活することです。
日本は虚心でハングリーな心を取り戻し、衰退した日本の国力を復活しないといけません。

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この記事の著者
税理士 緒方 芳伸
35年間ずっと試行錯誤しながらやってきました。
35年間税理士事務所・会計事務所を経営して出した結論は、税務と会計を徹底して追求することでした。
今は、本業を徹底することが、経営理念を達成できる一番の近道だと考えています。