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がっちゃん放言記
2022年4月30日
私は70歳を過ぎてから死生観を問われたり、「なぜ生きるのか」を問われることが多くなってきました。
今まで「どのように生きるのか」ばかり問われてきたので「なぜ生きるのか」とか「生きる目的は」とか哲学的なことを問われると戸惑いを感じます。
「なぜ生きるのか」ということを考えると「なぜ死ぬのか」を考えるようになります。
「なぜ死ぬのか」を考えると「死とは何か」を考え、自分の死の瞬間どうなるかを想像して不安に襲われます。
死の実態がわからないので、人間の心の奥には得体の知れない根本的な不安があることに気づかされました。
人間にとって死は誰もがやってくる潜在的な不安であるため、人間はあえて「なぜ生きるか」を考えるより「どう生きるか」にばかり目を向けて、この不安から逃れようとします。
科学では死の実態は永遠に解明できません。
なぜなら傲慢な人間には、死を根本的な不安と恐怖にしておく必要があるからです。
信じることができない人には全く無縁な話になりますが、信じることの力を知った人で一部の人は、この不安の解消ができているようです。
英語には精神世界をspirit(スピリット)とsoul(ソウル)に分けています。
キリスト教の死生観がここにはあります。
一方、仏教哲学の唯識論もスピリットとソウルの意識の層をわかりやすく解き明かしています。
心の表面 六感(聴覚、視覚、嗅覚、味覚、触覚、意識)
マナ織(自分の楽しみや喜びを追い求める自己愛)自我→ソウル
アラヤ識(生命を維持しようとする宇宙的な力)自己→スピリット
スピリットとはあらゆる存在の根底に流れる共通の生命で、ソウルは一人ひとりの個性として現れる生命です。
アラヤ識(スピリット)は共通の宇宙の生命ですから、ひとりの個体(マナ識・ソウル)が物理的に死んでも消えません。
だから死は終わりではないのです。
生きている目的は、人間の持つ根本的な不安を生きている間に解消することにあります。
具体的には日々の生活を通して修行し、個として与えられた生命(マナ識・ソウル)を大宇宙のいのち(アラヤ識・スピリット)と合流し、一体となることです。
生きている間、ソウル(マナ識)は我執と言われる自己中心的な欲ですので、スピリット(アラヤ識)との合流を邪魔します。
合流ができた人は、死への不安がなくなり、その人が死を迎え、生命が身体を離れる時期が来ても安らかに旅立つことができるそうです。

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この記事の著者
税理士 緒方 芳伸
35年間ずっと試行錯誤しながらやってきました。
35年間税理士事務所・会計事務所を経営して出した結論は、税務と会計を徹底して追求することでした。
今は、本業を徹底することが、経営理念を達成できる一番の近道だと考えています。